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広島高等裁判所松江支部 昭和63年(行コ)3号 判決

控訴人(原告) 藤谷多嘉子 外二名

被控訴人(被告) 鳥取県

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が昭和五八年四月一五日付で米子境港都市計画事業米子駅前通り土地区画整理事業の施行者として控訴人ら外一名が所有する鳥取県米子市日野町一三番宅地についてなした換地処分を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張

次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決二枚目裏六行目「本件事業の施行に関する」とあるのを「本件事業の施行規定である」と改め、七行目「)」の次に「一七条一項」を加え、八行目「原則として」を削除し、末行「相手方」とあるのを「立林寅太郎」と改める。

二  控訴人らの当審における主張

1  土地区画整理法は、一般市民の土地所有権につき国家権力をもつてその範囲を変更することが可能であることを前提とするため、その手続に変更を受ける市民に対しその手続に参加し、その意見を十分に聴く制度的保障をしているものであつて、その手続が適法に履践されることが換地処分たる行政処分の適法性を確保するものである。よつて、右手続が履践されていない本件換地処分は違法として取り消されるべきである。

2  仮に、右手続違背のみを理由とする本件換地処分の取消が認められなくとも、本件換地処分は右手続に違背した結果、照応の原則に反する違法な行政処分である。すなわち、本件従前地と前記立林所有の西側隣地(同所一四番、一四番の二)との境界は、本件従前地上の控訴人ら所有建物の西側雨垂れ落ちを受ける排水溝の西端上(以下、便宜「控訴人ら主張線」という。)にあつたが、本件換地処分(いわゆる現地換地である。)が立林の一方的な境界指示に基づいてのみなされた結果、本件換地処分後の境界は前記排水溝の西端から東へ二五センチメートル移動し、控訴人らの所有建物の一部は立林所有土地上に位置するという、実体に符合しない結果となつている。

三  控訴人らの主張に対する被控訴人の反論

1  本件換地処分に際しては、基準地積確定のため昭和四七年五月頃控訴人らにも境界確認の立会を求め、その頃控訴人ら代表者である藤谷多嘉子の立会を得て境界を確認し、同年七月頃にも控訴人多嘉子が控訴人らを代表して、確認された右境界による基準地積に異議なく同意し、被控訴人は右確認境界に基づき基準地積を確定のうえ本件換地処分をしたのであり、同処分に手続的違法は存しない。

2  本件換地処分に手続的違法は存しないから、仮に本件換地処分前の従前地の本来的境界が右のとおり確認された境界と異なるとしても、それゆえに本件換地処分が違法とされるいわれはないことは当然である。

3  控訴人らは、立林を被告に境界確定訴訟を提起して、従前地の境界確定を計ることができるものであるから、本件につき法律上の利益がない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  当事者双方の主張に対する当裁判所の事実判断は、以下のとおり附加訂正するほか原判決の理由説示(原判決四枚目表六行目から六枚目裏一一行目まで)と同一であるので、ここにこれを引用する。

1  原判決四枚目表六行目「1の事実」の次に「2の事実中、本件条例一七条一項には『従前地の基準地積については当該宅地及び隣接する宅地の所有者が確認した境界に基づき施行者が実測した地積とする。』旨の規定が存すること」を加える。

2  同四枚目表末行「同田崎碩の各証言」の次に「当審における証人青木鐵雄の証言並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第六、七号証、第八号証の一、二」を加える。

3  同四枚目裏一〇行目「杉山紀佐子が所有」の次に「(持分は控訴人多嘉子が九分の三、その余の控訴人及び杉山が各九分の二である。)」を加える。

4  同五枚目表四行目の次に改行して「(三) なお、本件条例一七条には、1項 基準地積は、宅地について当該宅地所有者及び隣接する宅地の所有者が確認した境界に基づき、施行者が実測した地積とする。2項 前項の場合において、宅地の境界を確認することができないときは、すでに確認された境界で囲まれる最小の範囲に含まれる宅地を一括して得た地積をそれぞれの宅地の登記地積により按分して得た地積を、それぞれの宅地の基準地積とする。3項 施行者は、前二項の基準地積を宅地所有者に通知しなければならない。4項 宅地所有者は、前項の主張による通知に係る基準地積に疑義があるときは、その通知を受けた日から二週間以内に施行者に対して再測の請求をすることができる。5項 施行者は、前項の再測の請求があつたときは、すみやかに再測をしなければならない旨定められている。」を加える。

5  同五枚目表一〇行目「右立林が」以下「南端線を」までを「本件従前地と立林所有地の北側(表通り)境界点については双方の合致をみたが、南側(裏)境界点については、右立林が本件従前地上にある控訴人らの所有倉庫の土台石の立上がりの南端線を」と改める。

6  同六枚目裏一一行目の次に改行して「(六) 本件従前地上には北(表通り)から南(裏)にかけ、順次控訴人ら所有の居宅、土蔵、倉庫が建築されているが、これは明治中期に同人らの先々代により建築されたものである。被控訴人が控訴人多嘉子の立会を得て確定したと主張する境界線は、南(裏)側では倉庫の南端の立上がり部分の一点と表通りの一点を直線で結んだ線である(以下、便宜「被控訴人主張線)という。)。

しかし、実際には右土蔵、倉庫の軒、その雨垂れ落ちの地点、同地点に沿う排水溝(右土蔵、倉庫の雨水を配水するためのものと認められる。)の各西端は被控訴人主張線より西方向約二五センチメートルに、倉庫の土台石基礎部分の南端は同主張線より西方向約二〇センチメートルに位置している。控訴人らが前記のとおり、昭和四七年五月の境界確認に承服せず再測を申し出、立林を相手方として仮処分申請をし、あるいは本件換地計画に対する意見書を提出する等したのは右の根拠に基づくものであつた。被控訴人は本件換地処分に当たり、確定測量のため再度控訴人らの立会を求めたが、以上の経過で控訴人らは立会を拒絶したため、被控訴人は既に昭和四七年五月に控訴人らの境界確認を得ているものとして立林のみの立会を得て確定測量を実施し、本件換地処分をなした。」と、さらに改行して「被控訴人は、控訴人多嘉子については昭和四七年五月頃に表通り、裏とも境界の確認を得たと主張し、前掲乙第八号証、前掲林証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第七号証、前掲立林証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第六号証中にはこれに副う部分があり、これに前掲控訴人多嘉子本人供述によると『前記排水溝は昭和五一年までは土に埋まつており、同年九月に立林が所有建物を取り壊して整地したときに出てきたこと』、前掲乙第四号証と当審控訴人井上本人供述によると『前記倉庫の土台石基礎部分の南端が地表に露出したのは昭和五六年九月頃付近の道路工事がなされたときが初めてであること』が認められることなどからすれば、あるいは昭和四七年五月当時に控訴人多嘉子が被控訴人主張線に一旦同意しながら、その後前記諸事情を考慮して確認した境界について翻意したものではないかとの推測ができないでもない。しかし、前記土蔵、倉庫の軒、その雨垂れ地点が、古くから控訴人ら主張境界線上にあつて、その控訴人ら内側の従前地が右土蔵、倉庫等建物の敷地として控訴人ら側に占有されてきたとの事実は動かないところであるし、また、前掲林証言によつても、控訴人多嘉子が地積の再測を求めたのは前記地積の通知を受けた直後からであり、前掲控訴人井上の当審供述によると、倉庫土台石の基礎部分の掘り出しにより境界を確認してほしいとの控訴人らの申し入れは昭和五五年頃から主張されていたことが認められ、これに前記昭和五一年における仮処分申請の経過や前掲多嘉子本人供述をも考えると前掲各証拠中前記認定に反する部分は容易に採用できず、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。控訴人らが事後承諾をしたという抗弁2の事実を認めるに足る証拠はない。」を加える。

二  そこで、右認定事実に基づき本件換地処分の手続の適法性について検討する。

1  土地区画整理法八九条一項は、換地計画において換地を定めるに当たつては換地と従前地とが、位置、地積等において照応するように定めるべきものとしており、右のいわゆる照応の原則は、換地処分の本質に根ざす基本的な原則であるが、その主眼は土地区画整理における関係者の公平をはかり、その利益を保護する点にある。したがつて、土地区画整理において、従前地の各筆の面積(基準地積)を確定することは、換地設計を始め、一連の換地手続の必要不可欠の基本的事項であり、右地積は仮換地の指定、換地処分、清算金のすべてにわたり基準となるものといわねばならない。そして、基準地積の確定方法については土地区画整理法は直接規定していないものの、決して施行者の自由な裁量に委ねられているものではない。同法施行令により「地積の決定の方法に関する事項」は施行規定の必要的記載事項とされ(同法五三条二項八号、同法施行令一条二項)、本件のごとく公共団体が施行者である土地区画整理にあつては、施行規定は条例により定める(同法五三条一項)旨規定されている。それゆえ、施行規定中「基準地積の確定に関する事項」は、施行者が土地区画整理事業の遂行に当たり準拠すべき規則であつて、右条例に違背して確定された基準地積に基づく換地処分は違法であるといわねばならない。

2  本件条例一七条一項にあつては、基準地積の確定方法については、「当該従前地及び隣接する宅地の各所有者が確認した境界に基づき施行者が実測した地積による」旨定めており、右は基準地積の確定についていわゆる実測方式を採用したものであるが、同条例が右方式を採用したのは、元来隣接土地所有者が所有地の境界をもつともよく知るという経験的事実から、これにつき同所有者間の合致した認識(境界の合意)を優先させて従前地の地積を確定するのが事理に適い、かつ、迅速な区画整理事業の遂行に資するとの点を考慮したものである。次に、同条二項が右境界合意を得られない場合のいわゆる公簿、実測両方法の併用方式をとつたのは、前同様それが迅速な計画遂行に資する点(境界確定訴訟におけるような厳格な境界確定方法では、計画の実施を著しく渋滞させることとなる。)、および従前地の隣地所有者間の利害の調節、権利の保護を図るとの両面から設けられたものであると考えられる。そうであつてみれば、右各規定はただに処分庁である被控訴人の便宜のみのためにのみ設けられた規定ではなく、処分を受ける土地所有者らの権利を保護するためにも設けられたものであるから、右各規定に違背した瑕疵は、単に違法というに留まらず、当該換地処分の取消事由に当たるものといわねばならない。

3  これを本件についてみるに、本件換地処分は、その前提である基準地積の確定に当たり、被控訴人は、控訴人多嘉子に本件従前地の境界確認のための立会の機会を与えて同控訴人も当初現地に立会していたものの、少なくとも、隣地の立林と争いがある南(裏)側の境界について、被控訴人は、同控訴人と立林の双方から合意を得た具体的境界線の確認をしていないし、控訴人井上らその他の共有者も立林と右境界線の合意をしていないこと、被控訴人は立林の一方的な指示に基づいてその境界線を実測したため、本件条例一七条二項に定める、右境界合意の得られない場合の実測面積、公簿面積按分方式による地積確定をしていないことがそれぞれ明らかである。そうすると、被控訴人は、本件条例一七条一、二項によらないで、基準地積の確定をしたものといわなければならない。

ちなみに、前記認定事実によると、控訴人らの先々代、先代、控訴人らは控訴人ら主張線までの土地を本件従前地上にある倉庫等敷地として占有してきたものであつて、立林所有土地との境界は控訴人ら主張線であることが窺われ(この点に関し、被控訴人は、境界確定訴訟を提起できるのであるから、本件換地処分取消請求は法律上利益がないと主張している。しかし、換地処分後、土地所有者が隣地所有者を被告として、従前地の境界確定訴訟を提起するには、換地処分が取消されるか、同処分が無効のものに当る場合であることを前提とするものであり、しかも、右訴訟が提起できる場合であつても、別個係属している換地処分取消抗告訴訟の帰すうに影響がないものである。それゆえ被控訴人の右主張はそれ自体失当である。)、かつ本件換地処分はいわゆる現地換地であるにもかかわらず、被控訴人ら主張線は明治中期に建築された控訴人ら所有建物の一部を削り、右部分は立林所有土地内に位置するという不合理な結果と控訴人らに対する不利益を招来している。本件換地処分による控訴人ら土地と立林土地との各公簿面積、実測面積対比差が乙第二号証記載のように前者四・五パーセント、後者六パーセントであつたとした場合、本件条例一七条二項の地積確定方法をとれば、右不合理、不利益が解消されることがないとはいえない。以上要するに、本件換地処分は、処分要件に違背してなされたものというべく、本件換地処分の取消を求める控訴人らの請求は理由がある。

なお、本件換地処分の取消は本件従前地と前記立林所有地にのみ関わるものであつて、これを取り消しても既になされた他の従前地に対する換地処分や換地計画全体を修正する結果を招くものではないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、もとより事情判決をなすべき場合には当たらない。

三  よつて、右と結論を異にする原判決を取消し、控訴人らの本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保 渡邉安一 渡邉了造)

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